たくさんのお出会いがあります。
その中で、今まで話せなかった、そして触れることができなかった
話をひとつ…。
水彩色鉛筆教室と出会って、11年目。
家の仕事部屋には、たくさんの画材とともに暮らしています。
もちろん、仕事上には必要不可欠の水彩色鉛筆や
それ以上にはストックもたくさんあります。
その中で、仕事部屋の高い場所に置いてあり
ずーっと手をつけていない
使いさしの水彩色鉛筆一式。
この水彩色鉛筆は家にきてもう、何年も経ちます。
収納ではなく、見守られていたいという思いから
いつも同じ場所においてあったこの水彩色鉛筆。
教室の生徒さんだった彼女は、いつも周りを和やかにしてくださいました。
今から10年前、新規開講と同時に入会。
たまたま、体験教室を通りがかりにご覧になられて
一緒にいたご主人が入会を勧めてくださっていました。
教室でも「先生。私へたくそだけど、みんなとおしゃべりするのが楽しいの!」
嫌味もなく、にこやかに、そしていつも周りへとお世話好きだけど
出しゃばらない。年下の私からみても可愛らしい方…。
ちょうどコスモスの花のような方と思っていました。
しかし、彼女は、しばらくして不治の病に倒れてしましまいました。
幾日も回復を願い、たまに、お手紙を交換したりしていました。
でもみんなの願いは届きませんでした。
私がその訃報を知ったのは、少し後だっと思います。
お空に旅立たれた後、ご主人は、直接教室にお見えになってくださいました。
以前、お会いして2度目。
あの時にこやかだった笑顔は、愛妻を亡くし憔悴した姿でした。
互いに、何度も何度も流れる涙をぬぐいながら
亡き愛妻のことを語ってくださいました。
そして、託された彼女の水彩色鉛筆。
仲良しだったお仲間にお渡しできればと持ってきて下さったのですが
お友達の皆さんは、私へと託してくださいました。
私で、いいのでしょうか…。
今までその水彩色鉛筆は触ると、「壊れてしまいそう…。」そんな想いがよぎります。
壊れるという表現は相応しくないのでしょうが、
どうしてもそれを使って絵を描くことができませんでした。
大切なたいせつな、いのちの色鉛筆。
彼女に対しても申し訳ないような
そんな気持ちでずっと、触ることもできません。
菓子の紙袋に入った頂いたままの状態でした。
それが、今、この色鉛筆がやっと持てるような気がしてきました。
今までは、私自身触れることもできずにただ、ずっとそばにいてくれたような存在。
病気を告知され、悲しみと苦痛を乗り越えて頑張って生きようとした彼女の想いを
私が絵にして形にして残して行くお手伝いができればと
考えてみました。
今なら描けるかな、キョウコさん。
至らないけど、私も頑張ってみますね。
周りにコスモスが咲いているからちょっと告げられたのでしょうか…。