白樺の木々のある湖です。
はじめに、マスキングインクを施します。
左手前の白樺の幹3本と草むら若干です。
後は、空や奥のほうの木々から着色をして筆で溶かしていきます。
ナチュラルな木々の色を出すために、
緑プラス茶色(177番)をはじめに仕込んでいます。
溶かすときは、もちろん、水筆ペン。
アタッチメントをねじって、穂先にヨリをかけますよ。
これが、具合よく、草や木の葉の表現につながります。
ちょっと長くなりますが、、わたくしごとです。
お付き合いください。
先日、宝塚市山本の園芸振興センター「あいあいパーク」の仕事場で目にしたのが、
「ありがとう。15周年」の文字。
って、コトは、わたしもこのお仕事をさせていただいて15年経ちます。
2000年5月あいあいパークの開業にともなって、
絵画教室をスタートしたのが絵画教室指導のトビラをひらくきっかけでした。
このご縁は、不思議なもので
長男をお空に見送った後に、役所で死亡手続き書類を提出した際に
偶然みかけた「講師募集」でした。
私自身には、師匠もおらず、イラストレーターという仕事はしていましたが
はじめはどう、お話していけばいいかと戸惑いましたが
やるのみ。
気持ちを込めてお伝えしていければと思い、毎日必死でした。
フラフラになって家路につくこともしばしば。
単にいえば、要領が悪かったんだと反省しています。
やればやるほど、この水彩色鉛筆という画材の魅力にはまり、
ALL独学で水彩色鉛筆の面白さを絵を描いたことがない方にも
楽しんでもらえればと
日々試行錯誤しながらお伝えしています。
当時、家の中で転倒し、
右足を骨折してしまったわたしは、
講師説明会に行ったときに、ギブスを巻いて行ったなーなんて
余計なコトも思い出しました。
それよりも必死でした。
心の穴を埋めるためにもがいていたと振り返れば思います。
あいあいパークで、初めて受講生を募集し、集まった方は、20名以上という
予想もしていなかった大人数でした。
私自身も、愛息との別れや家族の病気といった
辛い時期もありましたが
教室の人生の先輩方に励まされて
そして、みんなのキラキラな笑顔で、何度も救われました。。
たくさんの方を指導させていただいて、
不慣れな自分がそこにいて、
自分が描けても皆が楽しくなければだめだと
気がつき、今のスタイルになりました。
正直わたしは、絵は上手くないと思っています。
絵描きとしてはアカン。
だからこそ絵描き目線でなく、
絵がかけない人でも楽しんでもらえるように
あるときは、イラストレーター
→個性を大切に!そのままでいいんだよー
あるときは、こども造形絵画教室の世界へ
→割り箸、指先で描く。指先で描く。。など。
あるときは、セラピスト
→色を見ればわかります。。Are you happy?
あるときは、主婦目線で
→道具の工夫。エアーパッキング描く。家事をしながらの発見。いかに楽して描くか?!
などなど、数え切れないほど、変な提案をさせてもらいました。
どんな技法でどんな工夫をしたらいいのかを探った15年でした。
あの頃と違うのは、強靭なハートと体重かなあ。
随分鍛えられ、ともに太くなりました(笑)
時々放ってしまうオッサンのような蜂の一刺しにも
みなさまにこやかに、軽く刺さっていても笑ってくださっています。
今でも教室は、常に満杯です。
このクラスだけでなく、ほぼどこの教室もにぎわっています。
時として、いつもお声が大きなクラスは
『センセーよりこうやって、皆としゃべれるのがたのしいねん!』
って、ゆるくパンチを食らうこともありますが
それでもいいですよ。そのとおり!
いや、みなさまに育てて頂きました。
本当にありがとうございます。
お空にいったわが子「ダイチ」
この名の下で家族、そして仕事の土台となってくれました。
絵描きと受講生の方々との出会いがありました。
だから。
とても大切なんです。
出会いがあったこと。
息子を思う気持ちで、やさしく、
みなさまを伸びやかに育てていければと思っております。
きっとお空でニコニコと微笑んで見てくれています。
「ママはずいぶん太くなったね。」って。
はい。
もっと太くなりますよ。
みーんなと、太く、赤い糸で結ばれて。