「ウィズたからづか」表紙を担当します

2021年。宝塚より愛をこめて。

兵庫県宝塚市は、私のふるさとです。
当時ぜんそくを患っていた私のために、
父は少しでも空気のいい環境の地へと思い
小学生の時に父の転勤と伴い、以来ずっとこの地で育ちました。
結婚した後も一度は大阪にいたのですが、
介護、子育て事情でその後ずっと実家に住んでいます。

そして、今から20年前に志した
「いつか宝塚から水彩色鉛筆を発信するぞ!」
という熱き思いは、時を経て
このたび「ウィズたからづか」さんの表紙となります。

作品は20号。すべて水彩色鉛筆で描いています。

「ウィズたからづか」さんは、
宝塚市をメインとしたの情報を満載したフリーペーパーです。
発刊30年以上を超えている老舗編集部です。
毎回文化的な情報やギャラリー情報に加え、
人気のコーナーは「フェアリーインタビュー」です。
宝塚ジェンヌのインタビューを掲載されたり、トップスターさんが掲載された月はどこに設置してもすぐになくなってしまうそうです。

このたび、2021年の表紙は、私が担当させて頂くことになりました。
毎月、水彩色えんぴつ画や透明水彩で
表紙に華を添えさせて頂きます。

もう、感謝しかありません。
このような素晴らしい機会を頂戴して嬉しいです。

実は、編集長と私は20年前に一度お会いしたことがあります。
私が、まだ、教室を立ち上げはじめの頃、
ウィズたからづかさんに
デザイナーとして応募、面接でお会いしました。
一通り私の話を聞いてもらいました。
最後に、編集長はひとこと。
「あなたは、絵の道を続けなさい」
そう、言われました。

当時は、まだまだ未熟者でした。
右も左もわからず、教室開始もまだ1年もたっていなかったです。
先の不安で目の前のことに必死で暮らしていた若き頃でした。

あのとき、編集長のあのことばがなければ
私は今の姿はなく、教室も続いていなかったでしょう。

そして、時は過ぎ、面接から21年目。
このような形で新たに出逢いがありました。
サケのように戻って参りました。
いや、サケだったら21年もかからないでしょうが、、
かかりました~

愛する宝塚…。
いまだからこそココロに栄養の時間を!
少しでも皆さんがしあわせになりますように願いを込めて
2021年発信していきます!!

設置場所は、宝塚市関連施設、銀行、病院、ホテル、掲載協賛店さまなどです。
ただいま絶賛配布中です。
どこかでお手に取ってご覧いただけると嬉しいです。

9月朝日カルチャー 風景画 北海道日高 三岩

雨のシーンを描きます。
北海道日高 三岩
1609北海道

雨が降る中、緑に囲まれた池の表情を描きます。

使用した色
157,120,168,157,180(黄土色)
153、137(249)

この写真は、北海道のファームイン
ひだかくるみちゃんハウスさんからお借りしました。
こちらのくるみちゃんハウスさんとは、
偶然、ネットで知り、素敵な写真が掲載されていましたので
ご本人に作画の許可を直接頂きました。

しかし、製作直後、一昨日の台風10号の上陸によって
東北や北海道の一部の地区は、日高地区も含め、甚大な水の被害を受けておられます。

一日でも早く、復興が整い、
皆様の生活が元に戻り
そして、お気持ちが休まりますようにお祈り申し上げます。

 

個展準備は、着々と‥

ここ最近は、想像超えのハードスケジュールで
ブログ更新も出来ずごめんなさい。
各地での教室展もあったのですが、
その模様もお伝えしきれませんでした。
本日は、ちょっと頭の整理も出来たのと、
家に在宅だったのですが、絵を描かなく事務的な作業をしていたので、
いま、ホッと一息つきました。

カレンダーの校正も終えました。
今年は、2種類です。サイズは、A4とA3サイズです。

20151108_122511
どちらも12か月分12枚の内容で、それぞれ違った絵を入れています。

A3サイズは、横長です。
さらに今回は、A3カレンダーの表紙にも
内容もこだわりをいれました。
素敵な表紙です。
デザイナーさん渾身の力作です。
こちらは、会場限定で30冊です。
20151108_122542

そして、今回は来場記念品として
miniメッセージカードを作りました。
20151108_123149
先着250名様分ご用意いたしました。
お手元に渡せない場合もございます。
ご容赦ください。

個展に来場記念品ってよく考えたら珍しいですよね。
私もあまり、頂いたことがないなあ。
それでも、せっかく時間を使ってお越しいただいたのだから
心ばかりのものです。お使い下さい。

只今、仏間で額の選定をしています。
相当、相当、絵と額が溢れてきました。
見るのも嫌になっちゃう。
しかし、ご先祖様とダイチとジイジィにも
見守られながらの準備です。

絵の出展枚数は、
全部で、現在58点。
先ほど、やっとミラノ万博の作品も戻ってきました。
これで、本当に終盤、個展の準備ができました。

思った以上に用意が出来たけどなあ。
でも描きたい絵が時間がなくて、まだ出来ていないのです。
減るか、増やすかの思案は、まだまだ、続きそう。

夏休みの宿題と Sunset nakanoshima

8月31日。今も昔も変わらず、ギリギリの日程で
机に向かい、課題を描いている。
子どものときは、31日は宿題が終わらず、
泣きながらやっていたなあ。

明日は、朝日カルチャー中之島の風景画コースの
ロビー作品展示の設営日。
この設営に間に合ったので、
この作品を持っていこうっと。
ぴったりの絵ができた。
20150831_182915 (640x360)
Sunset nakanoshima

今は、中之島フェスティバルタワーの向かい側に
もうひとつ中之島のツインタワーが着工されて、
この景色は、その建物の影で、もう見えないの。
だから、ことさら描きたくなってきて。

個展の製作は、やってもやっても間に合わない。
調子が悪ければクソ~ってイライラし、
さっさと処分。
そして潔く「次、描いて見よう!」って思うし

上手くいくときは
「おし、次よ!」ってイメージが、溢れてくる。
遅いスタートの性格は、やっと火がついたよう。
子どものときと差ほど変わらないなあ。

今日は、やっと10月個展のDMの入稿が終わって、
それと同時に、9月のスイーツのモチーフ発注も完了。
あとは、なんだっけ??
何か忘れてる???

そうだ‥もうひとつの11月個展の作品とDMだ。
もうちょっとやってみよう。

2度目の卒園式

「感謝の気持ちを持って。」

当たり前のように過ごしていますが、
ここ最近忘れてしまっていたような
気がします。
それを改めて実感したお話です。

ちょっと長いですがお付き合いください。

3月19日。
3年間通った幼稚園の卒園式が行われました。
ところが、うちの娘は、欠席。
卒園式の前週は、インフルエンザが爆発的に流行っていて、週末もやれやれと思いきやその晩から発熱。
日曜日、翌朝の診断結果は、インフルエンザでした。

卒園式を前日に迎えての受診結果は、酷でした。
救急病院の帰り道、園に立ち寄ってみれば、偶然主任の先生が会場の準備を終えておられました。
先生に、欠席をお伝えすると、「せつない」って、二人で涙を流して、私の気持ちに寄り添っていただきました。
ここまで、仕事と家庭を何とかこなしながら行事に参加してきました。
その苦労は、同じ年位の先生は痛いほどわかってくれていて、いつも支えとなって頂いていました。

「おかあさん、会場が出来上がっているの。良ければみてね。
壇上のお花も入ったところだから…」

そう言って招かれたのは、講堂。
いつも見慣れた場所なのに、この日は、整然と子どもたちの小さな椅子や
保護者席がセッティングされていました。
壇上には、装花がなされて、中央には大きな文字で、『卒園式』と掲げられていました。
式典を待っている小さな椅子たちの周りは、凛とした空気が漂っていました。

私たちは、みんながまだ見ぬ会場で、時間を過ごし、その気分を味わうことができました。
衣装は、なく、みんなボロボロの姿でしたが、先生と撮影し、すこし、気分も落ち着きました。
何より、そんなチャンスを与えてくださった、先生のご厚意に感謝しました。

ところがです。
園から卒業式が終わったあと、担任の先生から電話がかかってきました。
「おかあさん。式当日の欠席者は3人でしたが、24日に、2回目の卒園式をします」
しかも、私は、午前と午後とも仕事だったのですが、
ラッキーなことに、園まで10分ほどで移動できる教室で、
昼休憩の時間帯で再度調整をしてくれることに。
園の滞在時間は、40分ですが、その間で卒園式が再度執り行っていただけることになりました。
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2回目の卒園式。

その場所は、私が敷の前日みた雰囲気と同じ会場でした。
でも、空気感が、あたたかい光に包まれていたような気がします。

私たちのために、再度行っていただけるなんて!
しかも半ばあきらめていたけど私の参加できる時間に調整いただけるなんて!

さらに当日は、クラス委員の皆さんの計らいで、
同じ組のお友だちとその保護者の方々もお集まりいただく
といったサプライズもありました。

みなさんを見た瞬間から、涙がとまりません。

もったいなくて。
ありがたくって。
うれしくって。
優しい気持ちが伝わって。

時間や色々なことを調整して、ほぼ全員の方がこの2回目の卒園式に出席頂き、
一緒に卒園を迎えて頂くことができました。

それも1回目と同じ内容で、式は進行されました。

園長先生から壇上で賞状を授与頂いたり、
子どもたちから歌や、言葉もプレゼントをしてもらいました。

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手間と時間を惜しみ無く、私たちの気持ちに寄り添ってくださった、
園長先生をはじめとした先生方やクラス委員の皆さま、
子どもたちとそのママたち。
この感動と感謝の気持ちは一生涯、
大切な思い出とさせて頂くことができました。

今度は、その頂いたお気持ちを他の誰かに繋ぐことができるように、
親子とともに、しっかり受け止め、
この思いを大切にしていきたいと思います。

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園長先生、先生方
ゆり2組のみんな、
本当にありがとうございました。

可愛がり過ぎたシクラメン

このシクラメンは、2年前にやって来てくれた。
毎日、丁寧に花がらを積んだり水をあげたりしていたけど、
ある日、花も葉も急にしおれた。
それも一気に。。
原因は、根腐れを起こして、球根は、ほぼ壊滅状態。
ネットで調べて、シクラメンの鉢は2重鉢だったことを知った。
無知の私は、あふれる水を
ジャアジャア、球根にかけまくっていた。

残った葉っぱが、ひょろひょろと数枚。
でもなんとか、生きているらしい。
株は、3分の1程度は、残ったようだった。
半信半疑、育っていかないと思いながらでも
初めての夏越しをしているうちに葉が茂ってきた。

今では、たくさんのつぼみをつけてくれた。
花は、真っ赤で、一輪だけが咲いてくれた。
後は、今、90本以上が芽吹きを待っている。

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これが、また愛おしい。
あの無情な根腐れから、よく頑張ってくれた。
葉っぱも伸びすぎてちょっと不格好だけど。
毎日、数回葉の状態やこのちちゃなつぼみを見るのが日課。

よくぞ、ここまで育ってくれました。
いのちって素晴らしいね。

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シクラメンは、そんなに好きな花ではなかったけど、
今年も、2鉢目のシクラメンを買ってしまった。
ピンク色。

毎日ちょっと楽しんでいます。

全日本吹奏楽コンクールにて

私ごとですが、
中学3年の娘の吹奏楽部が、一昨日
全日本吹奏楽コンクールにて銀賞を受賞しました。
朝日新聞にもデジタル版掲載されたようでした。

関西代表に選ばれるのが約1000分の3校、
全国大会への出場できたのは約6300校中のわずか29校でした。

その中で、集大成を発揮し、今回の受賞をいただくことができました。
多くの方の支えと仲間の力が発揮され
最高の演奏ができたと思っています。

OBの方や取りまとめてくださっている
父兄の代表の方がいなければ
ここまで、できなかったこととだと思います。
そして、
ここまで引き上げてくださった顧問の先生に深く感謝いたします。

本当に、ありがとうございました。

朝日新聞 吹奏楽 ダイジェスト版(閲覧には無料会員登録必要)で、
配信されています。
兵庫県宝塚市中山五月台中学校です。
ご興味のある方は、ご覧下さい。
ちょこっとだけですが、クラリネットを演奏する娘が写っていました。

この夏( ´・ω・`)_イカガ?お過ごしですか?

お盆休み、いかがお過ごしでしょうか?
私は、珍しく全日家におります。

上のムスメが、中学校のクラブと夏の大会と受験生などで、今年は、
旅行などもじーっとガマンしていこうと思っていました。
でもせめて、日帰り旅行などしたいなーと淡い夢を描いてそんなことを考えていると
まず、お盆のはじめにPCがトラブルで急に起動しなくなり、
大慌て。PCがなければ仕事になりません。
お店に修理に持っていきました。

そして神様は、ちゃんと見てくれているんですね。
中盤は、私に、風邪の病を手渡されていきました。

昨日は暑いのに、冷えピタを頭にはり、喘息の吸入も引っ張り出したりで
ちょっとお出かけっていう気も
すっかり、奪われてしまいました。

ゆっくりヤスメということで
自宅で休養しています。

この夏の終わり、ムスメは、吹奏楽の大会に出場します。
7月、8月と地区、県大会を抜けて、とうとう、この24日関西大会へ出場します。
この大会で、一位通過なれば、夢の全国大会へといけます。

壇上の子どもたちの勇姿を見てるとどなたも立派に成長して感激です。
これが、中学校の演奏か?と思うほど凛として、そしてド迫力です。
メンバーは、同級生という枠jだけではなく、
赤ちゃんや幼児時代のサークル関係や、お稽古関係、同じ幼稚園の卒業した子供たち。
小さい頃からよく知っている子どもたちが
ずらりとならび、素晴らしく輝いて見えます。

我が子においてもこの3年間の集大成です。
入部したときは、楽器の使い方さえも知らず、初めて学ぶことばかり。
この公立の中学校は、私の母校でもあり地域のほとんどの子どもたちが行く学校。

そして、運命的に一流の顧問の先生の指導をうけることができ
先輩後輩関係、同級生などの人間関係をしっかり
体と心で受け止めようとしていました。
今まで、味わったことのない、大きな不安感と自分の未熟さと
戦うことになりました。

ともすれば、逃げたい一心で、重い足取りで
クラブに通っていた姿を思い出します。
毎日、整腸剤と胃薬を服用し、それで追いつかなければ病院へ点滴をしに行く。
学校の授業は、休んでもクラブは、一日も休まず行ってました。
心のバランスを崩して、ともに抱き合って泣いた夜もありました。

どの家庭でも「いっしょ」と言われています。
親は、見守るしかできない。
折れそうな子どもの心を前に、子どもの満足のいくような
励ましは出来ない…。母は、無力でした。
そんな大変な3年間ですが
この舞台を前に、よく、やったと毎回大会ごとで泣いているのは、
どこの親も一緒では、ないかなあ。

あと10日間で、その大舞台の大会を迎えます。
どんどん高度に要求する先生のサウンドにどれだけ子どもたちは乗れていくのでしょうか。
母は、美味しい夕飯を作って帰りを待つことだけしかできませんが、
それが、唯一できることかなあ。

20130503_171453あと、もうちょっと頑張りましょう。